伝世   戻る
 オアザンコヤマと言う所がある。
 
 そこは見渡す限りの地平線が広がり、抜けるような青空とひび割れた大地が続く。春を思わせるような気候にひんやりとした空気と風が心地良い。
 青空や流れる雲はあるものの太陽は見当たらない。しかし明るい。
 地平線はあるもののどれだけ進んでも地の果てには辿り着かない。地球のように球形ならば進んでるウチに出発点に戻っているだけだがそうではない。この大地は球形ではなく、ただただ無限に広いのだ。
 
 この無限に広いオアザンコヤマには無数の水の球が浮いている。
 
 大きさは様々ではあるが、だいたい大人の身長の倍くらいの大きさの水の球が重力を無視してフワリと浮いているのだ。密集して浮いている所もあれば疎らに浮いている所もあった。
 
 この水の球をルゥミマユと言った。
 
 ルゥミマユの水は常に中で流動しており生命を思わせる。いや、実際に生命なのだ。この流動一つ一つが生命であり物質であり精神であり科学であり非科学である。
 このルゥミマユに触れた者は一滴の雫となって、そのルゥミマユに混ざる。
 傍から見ると触れた者は一滴の雫になりルゥミマユに溶け込んで行く様に見えるが、当人の主観では目の前にドンドン世界が広がって行くように見える。
 一時的に全感覚を失い真っ暗になるが、ふと気が付くと大空を飛んでいる。
 自分の身体は存在しておらず何か霊にでもなったような感じである。
 ビュウビュウと風を切る音を感じつつ大空から地上へとなだらかな速度で落下して行き、落下中に身体が存在を少しずつ取り戻していく。地面に降り立つ頃にはスッカリ自分の姿や感覚が在る。
 そこがどんな世界なのかはルゥミマユによって違う。
 オアザンコヤマに浮かぶ無数のルゥミマユ。これはそう。このルゥミマユとは全てが世界なのだ。
 
 一つのルゥミマユから他のルゥミマユを見ればそれは「異世界」と呼ばれるものになるだろう。
 科学晩成の世界もあれば魔法の世界もある。
 人が悩まない世界もあれば、大いに悩む世界もある。
 世界がどのような形になるかはそのルゥミマユを「構築する者」の意思に委ねられる。例えばその世界の全ての生命が切磋琢磨し、己を高めて行くようにと構築すれば、その世界は常に希望と絶望が入り混じる世界になるだろう。
 ただただ幸せな世界を思って構築すれば、毎日安穏とした生活が続き、その安穏とした生活に疑問一つ抱かず争いも何も無い世界が出来るだろう。
 
 そのルゥミマユは永遠では無くいずれは消滅する。消滅の理由は様々で何が原因かは分からない。ただ消えないルゥミマユは無いと言う事。何億年、何兆年も存在するルゥミマユもあれば数年で消えるルゥミマユもある。消え方に法則は無い。そして産まれ方にも法則が無い。
 どんどんと産まれ、ルゥミマユの数が爆発的に増える事もあれば急激に消滅し数える程になってしまう事もある。
 それは「産む者」次第である。
 
 産む者は一人しか居ないと言う話もあれば無数に居ると言う話もある。
 それは分からない。ただ産む者が居ると言う事だけ分かっている。
 そして産む者の他に世界を構築する者が居る事も分かっている。
 産む者はルゥミマユを産むが、ルゥミマユの中の構築は世界を構築する者に委ねられる。
 世界を構築する者は一人の場合もあるが大抵は複数である。
 
 ルゥミマユの中の世界の生命達はルゥミマユ産む者を創造主と呼び、世界を構築する者を神または精霊と呼んだ。
 

 
 とあるルゥミマユが消滅した。
 その原因は分からない。分かる事は望んだ消滅や寿命の消滅では無かったと言う事。
 そして通常であればルゥミマユの消滅と運命を共にする精霊達(神/世界を構築する者)が、消滅せずに命辛々オアザンコヤマへと脱出したと言う事。
 
 精霊達はルゥミマユが必要だった。
 ルゥミマユの中でなんらかのエナジーを得て精霊達は存在するからだ。
 この度の消滅は精霊達にとっては到底納得の行くものでは無かった。
 故に是が非でも存在を保ちたい。保たねばならない。
 しかし精霊達は産む者(創造主)ではないのでルゥミマユは産めない。また、他のルゥミマユにはそれぞれに精霊が居て自分達が入り込む余地はなかった。
 産む者は精霊達よりも上位の世界に居るとされており、精霊は産む者を見る事も触る事も言葉を交わすこともできない。
 それ故、新しいルゥミマユを作って貰いたくともできなかった。
 
 精霊の身体、そして存在が消滅する前に自分のルゥミマユを手に入れてしまわねば。
 宛ては無いものの、存在を保ちたい一心で精霊達は彷徨い続けた。
 

 
 どれだけか迷走した後、精霊達は一つのルゥミマユに辿り着いた。
 
 そのルゥミマユからは精霊の反応が無い。精霊が居ないのだろう。
 本来、精霊の居ないルゥミマユなど存在するはずが無いのだがこの時はそんな事を考えられなかった。
 精霊達は特に調べもせずそのルゥミマユへ飛び込んだ。飛び込むとそのルゥミマユの世界は真っ暗で何もない―――。
 
----空きのルゥミマユ? そんなものあるはずない。消滅か存在かの二択がルゥミマユではないか。
 
 勢いで飛び込んだものの精霊達はこの何にも無い空きの世界が不気味に思えた。
 長い事右往左往していると一人の少女が居る事に気が付いた。
 いや最初から居たような気もする。少女は物憂げな顔でボーっとこちらを見ていた。
 
----誰だろう?
 
 精霊達の長、ミドアが少女に話し掛けた。
 
 少女はミューリレイ(ミュウ=リレイ?)と名乗ったがそれ以上の事は分からなかった。
 自分の事を隠しているのか本当に忘れてしまっているのかは分からない。
 そして精霊達はそれ以上の情報を何故か必要と感じずミューリレイ自身への質問は名前のみを聞き、それ以外は聞かない事とした。
 このルゥミマユの事も多少質問したがそれは意味が無いと判断された。
 何故ならルゥミマユはルゥミマユが存在するという事以外は何も無かったからである。
 
----この世界を我々に貸しては貰えないものだろうか?
 
 その問いに対し、ミューリレイはミューリレイ本人に危害が加わらないのならば差し上げても良いと返答してくれた。
 精霊達は喜んだ。
 
 多少このルゥミマユが元々なんなのかが気がかりであったが新しい世界を構築できる喜びの方が勝った。
 精霊達はこのルゥミマユを「カゥシ・ラバ・リレイ(リレイ嬢の庭)」と名付け構築を開始した。
 

 
 精霊の長、ミドアはリーダーとしてはとても良いが、もしもミドアのような友人が居たら苦労するだろう。
 ぐいぐいと引っ張ってくれる力があるものの、ワガママな面がある。
 また自分のワガママが通らないと不貞腐れる面もある。
 責任感や自己犠牲の精神が旺盛であるが不貞腐れると幼児のように手に負えない。
 リーダーの位置におさまっているからこそ存在が成立する精霊であった。
 
 そんなミドアを上手く宥めたり気持ちを落ち着かせたりとコントロールしているのが「始まりと終わりの精霊」キャメである。
 実に頼れる賢人であり、冷静沈着、穏やかで人柄も存在感もある。
 しかしながらナンバー2を好む傾向にあり、些細な事でもトップになることを嫌がる。
 責任を取る事を別段苦痛に思って無いようなのでトップの責任から逃げている訳では無いようだ。
 何故にナンバー2を好むのかは本人以外は誰も知らない。
 
 消滅したルゥミマユから脱出し、このルゥミマユに辿り着いた精霊はこの二名の他に六名。
 合計八名の精霊であった。
 後に主精霊八柱と呼ばれるようになる。
 
 このルゥミマユで世界を構築するに当たって主精霊八柱はそれぞれが十一名ずつ臣下精霊を生み出した。
 八名の精霊が十一名ずつ生み出したので八十八名の臣下精霊が生まれた。
 この八十八名の精霊達は後に臣精霊八十八柱と呼ばれるようになる。
 
 臣精霊八十八柱もそれぞれが臣下精霊を生み、その臣下精霊も臣下精霊を生んだ。
 臣精霊八十八柱の臣下精霊を陪精霊と呼び、数は千を超えている。
 その倍精霊の臣下を組精霊と呼び、数は十万を超えた。
 
 膨大なるエナジーの流動により予定されていなかった精霊が次々と生まれた。
 力こそ弱いものの自我があり、彼等は流精霊と呼ばれた。
 精霊は何かに属していないと消滅してしまうので流精霊は組精霊の臣下に入るという活路を見出した。
 流精霊はかなり多く、数百万単位で存在した。
(※何かに属していないと消滅=ルゥミマユに属する主精霊、主精霊に属する臣精霊、臣精霊に属する陪精霊、陪精霊に属する組精霊、組精霊に属する流精霊)
 
 主精霊八柱によって世界構築の方針や運営が決まり、臣精霊八十八柱が運用する。
 陪精霊が現場で指揮を執り、組精霊と流精霊が行動を実行する。
 
 必要に応じた臣下を生み出したつもりであったが、精霊達には主精霊、臣精霊、陪精霊、組精霊、流精霊の組織図が出来てしまっていた。
 精霊の総数は流動するものの、平均八百万と言われている。
 

 
 ミドアは前のルゥミマユで不本意な形のルゥミマユ消滅をしてしまったので、今度こそは上手く行かせたかった。
 
 どうして消滅してしまったの?
 と、ミューリレイは問う。
 
 主精霊八柱は答えてはくれなかった。
 主精霊八柱の一柱にしてリーダーの「統治と裏切りの精霊ミドア」は眉間にグッと皺を寄せた。
 主精霊八柱の一柱にしてナンバー2の「始まりと終わりの精霊キャメ」は苦笑いを浮かべた。
 主精霊八柱の一柱「躍進と混沌の精霊ヒィ」は涙を薄っすらと浮かべた。
 主精霊八柱の一柱「ユーモアと憂鬱(メランコリック)の精霊カキ」は背を向けて黙ってしまった。
 主精霊八柱の一柱「安定と堕落の精霊マータ」は目を瞑り息を止めた。
 主精霊八柱の一柱「踊りと狂気の精霊カン」は暗い笑みを浮かべた。
 主精霊八柱の一柱「美貌と傲慢の精霊フゥ」は無表情にそっぽを向いた。
 主精霊八柱の一柱「契約と私欲の精霊ロイ」は何か言おうとして止めた。
 
 それ以来ミューリレイはこの質問をする事は無かった。
 

 
 長い長い時を経て、このルゥミマユに遂に人類が発生した。
 どこのルゥミマユでもそうだが精霊は必ず人類を発生させ、何か目的の為に人々を導いて来た。
 
 人は「創造主」によって誕生するのではないか?
 というミューリレイの問いに、
「その通り」と統治と裏切りの精霊ミドアが答えた。
 
 そして、ルゥミマユは万物である。故に人はルゥミマユに含まれる。
「創造主」がルゥミマユを産むならば、すなわちそれは創造主が人を産むのである。
 と、統治と裏切りの精霊ミドアが言う。
 
 そこに契約と私欲の精霊ロイが次のように付け加えた。
 子が母の胎内で産まれる時、子の中に心臓は必ず出来る。
 この心臓を発生させるのが我々精霊で、子がルゥミマユと思えば良い。
 少し違うが大まかに言えばそれで良い。
 
 ミューリレイは何となく理解した。
 

 
 始まりと終わりの精霊キャメにミューリレイは問う。
 何故「始まり」と「終わり」の精霊なのかと。
 「始まり」の精霊と「終わり」の精霊が二人いるのでは無いのかと。
 
 始まりと終わりの精霊キャメは答える。
 
 始まりが無ければ終わりも無く。
 終わりが無ければ始まりも無く。
 始まりの時は終わりの時であり、
 終わりの時は始まりの時でもある。
 始まりと終わりは同意語であり、
 始まりと終わりは反意語ででもある。
 
 始まりの中に終わりが含まれている。
 終わりの中に始まりが含まれている。
 
 始まりは終わりの中で時を刻み、
 終わりは始まりの中で時を刻む。
 
 
 ただ、
 
 
 始まりと終わりに深い関連があるから
 一人の精霊が受け持ったと言うのは正しい。
 しかし、
 始まりと終わりは全く関連が無いけど、
 二つの事柄を一人の精霊が受け持てるので、
 関連無いけれど受け持った、と言うのも正しい。
 
 同系なので一つの器に入ったのか。
 器が二つあったので別系が一つずつ入ったのか。
 それは我ら精霊では分からない事なのだ。
 
 
 ミューリレイは分かったような分からなかったような。
 他の精霊に聞いてみようと思った。
 始まりと終わりの精霊キャメは他の精霊もきっと同じ答えをするよと言った。
 
 聞いてみると確かに同じような答えであった。
 
 ただ契約と私欲の精霊ロイが、
 剣と弓は全く別の形をし全く別の練習をし全く別の運用をする。
 しかし両方とも兵器であり目的は命を奪う事であり命を守る事である。
 と付け加えた。
 
 ミューリレイはこの事は保留する事にした。
 

 
 精霊は宗教を作り、人の世の各地にばら撒いた。
 
 宗教? これは必要なの?
 ミューリレイが問う。
 
 もちろん必要だとも。
 人は宗教を自分のモラルや存在意義として心に秘めるのだ。
 と、統治と裏切りの精霊ミドアが答えた。
 
 そうなんだ。
 ……。
 …………あれ? それぞれ宗教の雰囲気が違うね。
 
 良く見てみると雰囲気どころか教義が違っていた。
 
 こっちの宗教では人以外は何でも食べて良い、
 あっちの宗教は○○は食べては駄目、
 そっちの宗教は食人行為は神聖な儀式
 
 似たり寄ったりの部分もあれば正反対の部分もある。
 親愛の印に頭を撫でる宗教もあれば頭に触れるのは最大の侮辱と言う宗教もある。
 
 違う価値観があれば、それぞれが切磋琢磨して人々が育つのだ。
 と、契約と私欲の精霊ロイが言う。
 
 ……そうなんだ。
 
 そうは言われて見たが宗教の対立での人と人の争いは陰惨なものだった。
 それぞれが神の名の下に他教を弾圧した。
 自分の神こそが「本物」であり、他教は「悪魔」だと言って考えられる限りの争いを繰り返した。そこに「人間が人間に対する優しさ」などは存在しなかった。
 その姿は人々が言う「悪魔」そのものだった。
 これが本当に必要なのかミューリレイには理解できなかった。
 
 せめてもの救いはどの宗教も「神」が作った「本物」と言う事だろう。
 
 他教との争いに勝利し、規模が大きくなった宗教は必ず内部で分裂やら腐敗やらが始まり、どうしても一つの宗教が世界を統一する事は無かった。
 規模が大きくなったら精霊(神)が「調節」するからである。
 
 それによって世界は未だに宗教で対立し、争いを続けている。
 

 
 とある地域に「ジーク」と言う国が出来上がった。
 とても素晴らしい国で王も国民も真っ直ぐに生き、心根も素晴らしいものだった。
「清く正しく美しく」とはこの国の為にあるのだろう。
 
 ―――いかんな。
 
 統治と裏切りの精霊ミドアはそう呟くと「何か」を操作した。
 たちまちその国は貧困に喘ぎ、モラルは低下していった。
 
 貧しさ故に他国へ援助を求めるが何故か他国は冷遇するばかり。
 特に自国の利益を追求する貪欲な国、タウーグと仲が悪くなって行った。
 
 ジークとタウーグは数年前までは親友と言うべき程に仲が良い同盟国であった。
 それなのに急に意志の疎通が悪くなり、アチコチで誤解が生じ遂には戦争となった。
 ジークは要所要所で必ず負け、タウーグに占領されてしまう。
 
 ジークは「自分達は間違っていた」と「反省」し、それまでの国家方針を「間違った教育」として捨てる事にした。
 
 利益を求めず生きる事が引いては国家を貧困にし、その貧困ゆえに多くの人が不幸になり沢山の人が死んだ。
 だから、それは駄目だ。
 利益を求め利益の為ならば多少の不正には目を瞑る。
 そうすれば国家が富み、人々は幸せになるだろう。
 
 そう考えるようになったのだ。
 
 それからのジークは他人を蹴落とし、他人を信じず、利己的主義な国となった。
 そこには嫉妬と欺瞞が渦巻いていた。
 
 ―――これでいい。
 
 何が良いのか分からなかった。
 聞いて見ると「人々が競争する方が、人は鍛えられ、良い人材になるんだよ。前のジークでは現状に満足してしまい、それ以上の発展が望めないからね」と契約と私欲の精霊ロイは言った。
 
 そんなものなのかな?
 ミューリレイは前のジークの方が好きだったなっと思った。
 
 最初から流れを見ていたミューリレイは両方の国に大義名分があったのにジークが一方的に悪にされているのが不思議でならなかった。
 その事を呟くと、契約と私欲の精霊ロイが「ジークが負けたからさ」とだけ言った。
 
 元々、根が真面目だったジークの人たちは一生懸命働き国はどんどん富んだ。
 利益ばかり追い求める国になってしまったジークをミューリレイは「偽者」のような気がして見ることを止めた。
 
 ジークは富んだがある程度富んだ所で内部分裂をした。
 精霊の「調節」が入ったのだ。
 他の国でもある程度大きくなる度に精霊が「調節」し、政治が腐敗したり内部分裂したりする。
 
 故に未だに世界は一つの国に統一されず、争いを繰り返している。
 

 
 精霊は常に「人間達の価値観の変換」と言うものを行っている。
 
 例えば「肉体的に力が上の男が格上」と言う価値観だったのを「肉体的では無く精神的に力のある男の方が格上」と言う価値観に「変換」するという感じだ。
 
 どの価値観をどのように変換するか、いきなり変換するか、何年も掛けて変換するか、それは分からない。
 しかし精霊は「人々を育てる為」と言う事で価値観を変換する。
 
 人の世を攪拌する。
 
 いきなり変換する事も確かにあるが大体において変換は時間を掛けて少しずつ行われる。
 その方が人間がよく「悩む」からだそうだ。
 

 
「何故、人々を悩ませるの?」
 抜けるような青空を見つめつつミューリレイが聞く。
 
「その方が人々が育つからよ」
 同じように青空を見つめ、そよぐ風に身を任せていた安定と堕落の精霊マータが答えた。
 
「何故、人々を育てるの?」
「充分な人格を備えた「魂」が必要なのよ」
「必要なの?」
「ええ。必要なの。育った魂を私達が登用するから」
「何故登用するの?」
「……ごめん、内緒なの」
 
 今日も人々は悩み続ける。
 どんなに頑張っても完璧な安心は無い。
 どれほど安定する世を構築しても何故か瓦解する。
 
 世界を構築する者である精霊(神)が悩ませ瓦解させているのだから人が抗う術は無い。
 
 人の世は
 精霊達に仕える為の人材を
 育てる為の
 道場のような
 物なのだな
 
 途切れ途切れにミューリレイは思った。
 暖かい気候に冷んやりと心地好い風が通った。
 風に混じる若草の匂いも気持ち良かった。
 
 
 
 現世 是即 修行場 也
 
 

 
ミューリレイから見た神々(精霊)と世界  

 
 死んだ者の魂が冥府へと着た時、精霊の判断により、
 ある者は「即戦力」として精霊に「登用」され、
 ある者はちょっと手を加える為に冥界で「訓練」を言い渡され、
 ある者は何か用途があるらしく冥界で「保留」を言い渡される。
 そして大部分の人々は「再修行」として人間界へと戻される。
 
 どうすれば「即戦力」なのか、どうすれば「再修業」なのかは分からない。
 精霊独自の選択方法があるようだ。
 その選択方法は一定では無く時代時代で変わり行くようでもある。
 即戦力として登用した者でも時代で要らなくなったら人間界へ「再修業」として送り出されるのだから。
 
 ◆
 
 人間は男女に性別が分かれている。
 
 人間以外の動物も雄と雌に分かれているが、それとは違う。
 雄と雌では無く「男」と「女」に分かれているのだ。
 
 このように分ける事によって、さらに人間は悩むそうだ。
 男は女を理解し辛く、女は男を理解し辛い。
 ようやく理解する頃には相当の苦労と経験を積んでいる。
 人間にとって最も苦痛とされるのは「理解されない事」。
 
 契約と私欲の精霊ロイが言うには人間を男女に分けてしまう事が人間を悩ませる上で最も手っ取り早い方法なのだとか。
 男女に分けるだけで人間は喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。
 達成感もあれば挫折感もあり、希望もあれば絶望もある。
 それだけの効果が期待できるのだから本当に性別様々だそうだ。
 
 人間の場合、男女で分かれているだけでなく肉体的に雄と雌にも分かれている。
 これもポイントだそうだ。
 雄と雌の違いでまた悩みが生まれる。
 雄には雄の、雌には雌の、それぞれ特有の悩みが発生するのだ。
 
 さらに生まれは雄として生まれたが心が女と言うパターンや、その逆のパターンにより、また人は苦しむ。
 雄男、雌男、雄女、雌女は複雑に絡み合い希望と絶望との狭間でもがき苦しむ。
 
 この肉体的葛藤と精神的葛藤の時点で充分に人は苦しむが、さらにここに「恋愛」と言う要素を加える事によって状況はより複雑になる。
 容姿の違いや理想の違いや現実の違いで人は生死を決めるくらいに悩む。
 見渡す限りの砂漠の真ん中で僅かに見える小さな「何か」を頼りに彷徨い続けるのだ。
 
 これによって得られる人間の苦労と経験は精霊が期待する「成長度」にかなりの貢献する。
 
 そう言った男女の違いや雄雌の違いや恋愛の葛藤に悩まないなら悩まないで精霊が「悩まなかった人」を欲していたと言う事にもなる。
 どんな人材を欲するか。それは精霊にしか分からない事だ。
 
 ちなみに精霊には性別が無く、容姿もハッキリと定まっていない。
 統治と裏切りの精霊ミドアを髭面の大男だと思えばそう見えるし、絶世の美女だと思えばそうとも見える。
 私が雰囲気と名前の感じで「男」「女」「雄」「雌」を判断してるだけである。
 私は統治と裏切りの精霊ミドアや契約と私欲の精霊ロイを男と感じたし、安定と堕落の精霊マータや美貌と傲慢の精霊フゥを女と感じた。
 しかし本当の性別は分かっていない。
 
 ◆
 
 精霊に聞いた話なのだが私が居るこの世界は「ルゥミマユ」と言う水球らしい。
 その水球は常に流動しており外からみると対流の激しい海を見ているような感じだそうだ。
 人や物などはその対流によって生まれた「淀み」であり、産まれては消え、消えては産まれる。
 
 だとすると精霊が育てて登用しようと頑張っている「人間の魂」とはなんなのか?
 誰に聞いても教えてくれない。
「教えられない」のか、
「実は良く知らない」のだろう。
 契約と私欲の精霊ロイの苦笑いを見てそう思った。
 
 ◆
 
 フェナスと言う者が居た。
 統治と裏切りの精霊ミドアはと「ある人材」が欲しくなったので、このフェナスを欲しい人材へ「育てる」事にした。
 
 フェナスの両親はフェナスを産んでから直ぐに死んだ。
 統治と裏切りの精霊ミドアが欲しい人材に育てる為に両親を絶命させたのだ。
 
 フェナスの両親は何も悪い事はしていない。それに今まで生きてきて色々なドラマを重ね「人の世」と言う「修行場」で散々苦労しながらここまで来た。
 そんな雄と雌をさっさと絶命させたのだ。
 ……そこまでして欲しい人材なのだろうか。
 
 そこからのフェナスの人生は本当に苦労に耐えないものだった。
 両親を失った為に親類の家に預けられるも邪険にされ、年齢が十歳に達した時には奴隷のような肉体労働を架せられた。
 
 フェナスが十五歳になった時に軍へと売り飛ばされる。
 親類は邪魔者を追っ払っらえた上に金銭も入って大喜びだった。
 
 フェナスはアチコチの戦線で多くの人の死を見た。
 統治と裏切りの精霊ミドアがフェナスを育てる為に見せた。
 つまりは兵士達を意味も無く死に追いやったのだ。
 これまで頑張って生きてきた者たちもこんな理由で死んだとは思ってないだろう。
 実に哀れである。
 
 余談だが貧しい国の民が飢えと病気でボロボロと意味も無く死ぬのは、その死を持って誰か別の人を育てているのだ。
 育てている人がその時代の人物であると言う事は無い。
 それから一〇〇年後、二〇〇年後の誰かがボロボロと病気で死んだ人たちの事を知って育つと言う事もある。
 育てている人の為に使い捨てにされる人々。
 何か私にも思う所があったが、それが何か分からなかった。
 

 
 フェナスは苦労に苦労を重ね、いろいろな人と出会い、愛を知り、自分のトラウマなどを乗り越え幸せな家庭を築く事に成功した。
 ここまで来るのに本当に色々とあった。
 それだけで本が一冊書けそうなくらいにあった。
 
 この幸せな家庭を築くまでに最愛の子を失った事もある。
 フェナスの子が暴漢に襲われて死んだ。
 フェナスは大いに悲しんだ。
 自暴自棄になり周りと争ったりもした。
 
 フェナスを育てる為にフェナスの子を統治と裏切りの精霊ミドアが殺したのだ。
 フェナスを育てる為だけにこの世に生を受け、
 フェナスを育てる為だけに冥府へ引き戻される。
 この子の人生は一体なんだったのか。
 
 そんな悲しい別れも乗り越え、誰が見ても幸せな家庭を持った。
 
 私はフェナスが幸せな家庭を築いた事に感動してしまった。
 私が「本当の意味で」心を振るわせたのはこれが初めてかもしれない。
 
 
 
 それから数十年。
 
 フェナスは人の痛みを知る民に優しい政治家になり、いろいろな問題を解決していった。
 最後は多くの人々に見守れながら死んだ。
 フェナスは「幸せな人生だった」と言い残したそうだ。
 

 
 フェナスの魂は予定通り、統治と裏切りの精霊ミドアの家臣になった。
 フェナスは神の家臣になれたことを喜んだ。
 いろいろ辛い事もあったが神の家臣になれたのだから、こんな幸せな事は無い。と。
 
「世の中には知らなくて良い事もある」
 
 とは誰が言った言葉だったか。
 私はフェナスに真実を教えていない。
 
 フェナスが幸せなら、、、
 
 
 
 それで良いじゃないか。
 

 
 生き物が生きる為には他の生き物を食べねばならない。
 このルールは一体どの精霊が作ったのだろうか。
 また「統治と裏切りの精霊ミドア」だろうか?
 
 誰も教えてくれないので未だに分からない。
 
 どの精霊が作ったルールかは分からないがこのルールも人間を大いに悩ます物となっている。
 人が食べなくても生きて行けるとしたら、どれほど多くの悲しみや苦しみが無かったろうか。
「食べなければ生きて行けないからこそ食べる楽しみがある」
 と美貌と傲慢の精霊フゥは言うのだが食事をしない私には分からない事だった。
 そもそも精霊達も食事をしてないじゃないか。裏でコッソリ食べているのだろうか?
 
 生き物が生きる為に他の生き物を食べると言うルールは誰が作ったか分からないが絶対数を少なくして人を悩ませているのは統治と裏切りの精霊ミドアである。
 人の数に対して食料となる生物の数が足りない。
 人が今まで食べられなかった物を食べられる物へ加工しても数が足りない。いや、足りなくなる。
 
 食べる物が人の数より足らなければ当然強い者が食べる事ができるようになり弱い者は食べられなくなる。
 時代によって何をもって強いとするかは違うが人々は強くなろうと必死に悩む。
 
 今日もまた、時代によって作られた強弱のルールで弱者となった物が飢えに苦しんでいる。
 飢えに苦しみつつ強者になろうと悩んでいる。
 そして強者は強者を保つ為に悩んでいる。
 
 統治と裏切りの精霊ミドアは冥府に必要な人材を吟味しつつ人々が悩む苦しむ様を眺めていた。
 

 
 統治と裏切りの精霊ミドアは意図して貧富の差を作った。
 
 この貧富の差は人々が持つ悩みの中でかなり大きな重さを占めている。
「何が悪い訳でも無い、みんな貧乏が悪いのだ」
 と言う言葉すらあるようだ。
 
 貧しさは当然人を悩ませるが、なんと富める人も富んだら富んだで悩みが発生する。
 貧富はどちらも悩みが生まれる。
 貧富だけでは無く物事に「優劣」が有れば必ずそこに悩みが生まれる。
 
 富みも権力も地位も名誉も優劣があって人々が悩む。
 富みが有って悩み、無くて悩む。
 権力が有って悩み、無くて悩む。
 地位が有って悩み、無くて悩む。
 名誉が有って悩み、無くて悩む。
 悩んで悩んで人々は色々な知恵を出し成長して行く。
 これこそが統治と裏切りの精霊ミドアが望む展開である。
 
 故にそれらが平等分配されては困る訳だ。
 
 平等分配されるようになると統治と裏切りの精霊ミドアはあの手この手で妨害を入れる。
 平等分配は必ず頓挫する。
 神(精霊)が妨害しているのだから人の力ではどうにもならない。
 
 富みは平等分配されない。
 権力も平等分配されない。
 地位も平等分配されない。
 名誉も平等分配されない。
 
 それでも人は生きて行く。
 悩みながら。
 

 
「何をやっても悩み苦しむがそれでも生きて行く人間」
 そんな姿にいつしか私は「美しさ」を感じるようになっていた。
 

 
 あまりに私が精霊達に対して質問を多く行うようになったので、始まりと終わりの精霊キャメが私にコロトトと言う従者を付けてくれた。
 手のひらサイズの愛らしい女の子でフワリフワリと宙を浮いている。
 元は人間だそうだが冥府に来ると姿を変えるのだろうか?
 
 人の世と精霊達の働きを見ながらコロトトへ質問したり、コロトトからの質問を受けて答えたり。
 そこには「会話」と言う物が生まれた。
 コロトトは平身低頭する下僕では無く、どちらかと言うと友に近い感覚であった。
 コロトトに茶化されて参った事も二度や三度では無い。
 たまに契約と私欲の精霊ロイがやってきて会話に加わる。
 コロトトと契約と私欲の精霊ロイが揃うと一緒になって私を茶化すので困りものだ。
 
 不思議な物で質問をする相手が出来るとそれだけでなんだか安心してしまい質問の数がグッと減ったような気がする。
 まあ、きっと錯覚なのだろう。
 会話の中に含まれた質問の数は精霊達にして来た質問の数とは比ではないのだから。
 

 
 とある日のコロトトとの会話でこんなのがあった。
 
 レヨトゥと言う食べ物がありコロトトが人間として生きていた時代はそれはそれは高価な食べ物で、貧乏人は一生食べる事が出来なければ見る事も出来ない代物だった。
 ある富豪同士のパーティで自分がいかに富んでいるかを自慢しあう場面があった。
 その時、大富豪の夫人が「私は月に一度はレヨトゥを食べているんですよ」と言って周囲を驚かせた。
 夫人は月に一度レヨトゥを食べられる事に「誇り」と「幸せ」を確実に感じていた。
 
 時は流れ、人間達の努力が実りレヨトゥを大量生産出来るようになった。
 今では街を歩けば普通に安価で売っているし一般家庭の食卓にも出る。
 
 レヨトゥを食べる事が出来る人々は「誇り」と「幸せ」を感じているのだろうか?
 きっと感じてはいないだろう。
 
 人は何に喜びを感じるのだろうか。
 中々出来ない事が出来る事に喜びを感じるのだろうか?
 それそのものに価値を見出すのではなく「条件」と「過程」に価値を見出しているのだろうか。
 
 もしも「条件」と「過程」に価値を見出すとしたならば、人々がどれだけ生活を便利にした所で永遠に「喜びに満ちた世界」には到達出来ないと言う事になってしまう。
 

 
 ユーモアと憂鬱(メランコリック)の精霊カキがやって来て「お茶会」を開いてくれた。
 ユーモアと憂鬱(メランコリック)の精霊カキが手を振ると白い家に広い芝生の庭、青い空が現れ、広い芝生の庭の真ん中に白いテーブルと椅子が現れた。
 明るい光に照らされてテーブルも芝生もキラキラと輝いている。
 そこにお茶とクッキーが現れた。
 
 私も精霊も普段食事と言うものをしない。
 食べなくても存在できるから。
 でも口もあれば消化器官もある。何故だろう。
 思えば精霊に「女の子」と呼ばれたように女性の形をしている。
 一人だけでこの「ルゥミマユ」に存在した私に性別があるだなんて不思議なものだ。
 
 コロトト、ユーモアと憂鬱(メランコリック)の精霊カキ、私でお茶会をした。
 私が初めて食べた食べ物はクッキー。
 私が初めて飲んだ飲み物は甘い紅茶。
 
 美味しいと言う感覚が分からなかったが、きっとあれは美味しかったのだろう。
 人の言う「幸福感」と言うのは多分この時感じた物だろう。
 
 後日、いつもの暗闇の中でクッキーを食べたが、あの時ほど美味しくは無かった。
 さらに同じ条件のお茶会を開いたが初めての時に比べて少し興が落ちた。
 
 人の幸福感と言う物はやはり「条件」と「過程」なのだろうか?
 

 
 コロトトに幸福感の事を質問した事があった。
 コロトトは少し考えた後、
「思い込みかもしれませんね」
 と言った。
 が、その後なにか弁解するように補足を入れた。
「真実や事実はどうあれ、思いこんで幸せになってしまう……」
「真実と思い込んで幸せになる……」
「……」
 コロトトはモゴモゴと説明に困っていた。
 
 思い込みと言う物のニュアンスでは正しくない。
 が、
 思い込みと言うほかに言い方が無い。
 
 と言う事らしい。
 

 
 私はコロトトと一緒に別の「ルゥミマユ」へ行って見た。
 いろんな世界があった。
 中には神々(精霊)と人間が対話しつつルゥミマユを構築していく世界もあった。
 
 自由にルゥミマユ間を行き来できるルゥミマユもあれば移動及び侵入を一切許さないルゥミマユもあった。
 全てはそこのルゥミマユの神(精霊)の裁量で取り決められていた。
 自由に行き来できるルゥミマユ同士で貿易が行われている所もあった。
 
 どのルゥミマユでも男女問題、食料問題、不平等問題、喜びと悲しみ、優越感や劣等感、達成感や嫉妬などという物が存在していた。
 統治と裏切りの精霊ミドアが作った物じゃないんだなっと少し安心した。
 ……まあカゥシ・ラバ・リレイ(ミューリレイのルゥミマユ)は中でも厳しい部類であったが。
 

 
 人々にあまり悩みの無い世界を見つけた。
 その世界(ルゥミマユ)では神(精霊)が人が望む物を何でも与えていた。
 人は生まれ、欲しいものを得ながらのんびり暮らし、そして死んで行く。
 私が人ならばこの世界に住みたいだろう。
 
 ただ、ここの人々は一体なんの為に生きているのだろうか?
 生まれて喰って寝て喰って寝て、そして死んで行く。
 いつでも願いが叶えられる為か殆どの人が無欲になっており、あまり望みを神に訴えたりしなかった。
 生まれてからずっと家でゴロゴロしており異性が欲しければ神に頼み出してもらう。
 食べたい物を食べ好きな時に寝る。
 そして年齢を重ね死んで行く。
 生きたければ何年でも生き、若さを何年でも保てる。
 しかし大抵の人は寿命通りに死んで行く。やりたいことが別に無いからだろう。
 
 人として生まれたらここに生まれたいが、ここの人を「美しい」とは全く思えなかった。
 

 
 ルゥミマユからルゥミマユに移動する際、途中に休める所が欲しいと思った。
 私には疲れと言う物は無いが連続で別々の世界に移る事になにやら目まぐるしさを感じたのだ。
 なのでルゥミマユの外の世界であるオアザンコヤマに休憩所を作った。
 
 オアザンコヤマに水球(ルゥミマユ)が浮かんでいるようにオアザンコヤマに土の塊を浮かべた。
 
 元はただの土の塊であるが休む人が最も望む心休まる姿に見える。
 真実が土の塊であっても五感全てと魂に感じる雰囲気が自分の休まる姿であれば休まるだろう。
 真実の大きさは人を三人縦に並べたぐらいの直径の球状の土の塊であるが狭い部屋に閉じ篭るのが好きな者には狭い部屋に見え、逆に広い土地でのびのびしたい者には見渡す限り地平線の広い土地に見える。
 
 前にコロトトが言いかけた「思い込み」とは、そういう事なのだろうか?
 今、私は真実では土の塊の上に居る。
 しかし私が見えてる世界は白い家に緑の芝生の庭が広がり心地好い風が頬を撫で若草の良い香りをホンノリと感じる。
 私は白いテーブルで美味しい紅茶を啜っている。
 
 真実では土の塊の上に居るだけなのだが心は確実に休まっている。
 私が見えている世界が偽りならば、この心の休まりも偽りなのだろうか?
 
 私はこの休憩所をカイマと名付け度々ここで休むようになった。
 私は元々食事をしなくても生きて行けるので紅茶やクッキーを見せかけだけで良いと思っていたがコロトトはそれでは寂しいと言い、ここで望めば本当に出てくるようにした。
 クッキーを望めばクッキーが。紅茶を望めば紅茶が出てくるのだ。
 また風呂に入れば本当に身体の汚れが落ちるようにした。
 温まれば本当に温まる。
 コロトトはここを別荘にでもするつもりなのだろうか。
 

 
 私が色々なルゥミマユを出歩くようになってどれほどの時間が経ったか。
 
 これがそうなのかと思った。
 
 いろいろな世界を渡り歩き、それなりに理解したつもりでいた。
 いや、むしろ通常の人よりも何千、何万倍と見て来た私は、それについては一流の玄人のつもりで居た。
 しかし遠くから見守っていた岡目八目と実際に自分が体験するのではこうも大違いとは正直驚いた。
 ここまで私の心が支配され、ここまで自己判断能力が低下し、ここまで私の感情に直結するとは思っていなかった。
 
 とある世界で一人の男性に出会った。
 出会ったと言っても私が一方的に見つけただけで男性側は私を知らないのだが。
 
 彼はとある王国の若い女性君主の側近で、実に誠実で清潔で紳士な騎士である。
 私は初めて味わう妙な感情に戸惑った。
 その騎士とずっと居たいと思った。
 騎士にベタベタする女性君主になにやら酷い憎しみを覚えた。
 遠慮しつつもそのベタベタする女性君主を受け入れる騎士も酷く憎く思った。
 
 でも騎士はもちろん、女性君主にも私は何も出来なかった。
 何故か二人を貶す事も出来なかった。
 
 私は彼等の言う所の「神側」の者だから寿命に制限が無い。
 でも騎士は老いて死ぬだろう。
 なんだかそれが許せなかった。
 この世界の神(精霊)に頼んで彼の魂を私のルゥミマユ(カゥシ・ラバ・リレイ)の冥府へと連れてこれないかと思った。
 
 しかし余所から来た私はここの神(精霊)には会えなかった。
 会えるルゥミマユもあるが、ここのルゥミマユでは神(精霊)には会えないそうだ。
 カゥシ・ラバ・リレイの神(精霊)は存在が人々に知られると色々不都合があるから姿を現さない。
 また完全に存在を否定されると困るので、あの手この手で「居るような居ないような」の状態を保っている。
 ここの神(精霊)は一体どんな理由で姿を現さないのだろうか。
 理由があれば教えて欲しい。解消してみせるから。
 
 どうする事も出来ない自分にただただ悔しさが一杯だった。
 これがカゥシ・ラバ・リレイならばやりようもあったのに。
 
 やきもきしながら見ていると、その若い女性君主の国が隣国に滅ぼされた。
 女性君主とその騎士は落ち延びた。
 騎士が助かった事に喜びを感じつつ君主が死ななかった事に苛立ちを覚えた。
 人の死を望む自分に気付き軽く首を振る。
 
 騎士は方々を回って協力者を増やし国の再興を目指すようだ。
 現状はいろいろと足りないものが多く、特に人材が枯渇しているようだ。
 
 私はこの世界に降臨し騎士の協力者になろうと思った。
 しかしコロトトが言った。
「あの二人は愛し合ってますね。愛し合う者同士の所へ横恋慕しながら一緒にいるのは辛いだけですよ」
 その通りだと思いつつも胃の中に蟲でも入ったような気分になった。
 

 
 私はカイマで休んでいた。
 どのルゥミマユにも行きたい気持ちでは無かった。
 
 最も望む心休まる姿になるはずのカイマは土の塊にしか見えなかった。
 
 そこでボーっとしていると突然誰かの歓声が上がった。
「ほほーう。こんな所にこんな立派な温泉旅館があるとわ!」
 誰かがカイマに迷い込んだ?
 ここには誰もこれないはずだったのだが?
 
 見るとそこには猫人が目を細めて喉を鳴らしていた。
 猫人とは人間の子供ぐらいのサイズの猫が人のように二本足で立って歩いている生き物だ。
 どこかのルゥミマユで見たような気がする。
 
 コロトトに一体何が起きているのか聞くとコロトトはこの猫人が上級精霊クラスの力を持っている為にここを発見されてしまった事と、この猫人の影響でカイマが変質しつつある事を答えた。
 
 上級精霊と言うとカゥシ・ラバ・リレイで言えば「臣精霊八十八柱」ぐらいだろう。
 たまに人がそれくらいの力を得る事はある。しかし人には寿命があるので問題は無い。
 力を得るまでに時間を費やし、力を得た頃にはもう寿命が尽きる寸前だったりするからだ。
 それはいいとしてカイマが変質? 変質とはなんだろうか?
 
 私が猫人に近づこうとした時、風景が一変した。
 私は風光明媚な温泉旅館の入り口に立っていた。
 
 状況から考えるにあの猫人の最も望む心休まる姿なのだろう。
 とりあえず私の休憩所であるカイマがこれでは困るので猫人に会う事にした。
 

 
「ふむ……。そうさのぅ」
 私は猫人と肩を並べて温泉に浸かっていた。
 最初はこのカイマの事を説明していたが、その内、カゥシ・ラバ・リレイで精霊と出会ってから今日までの事を全て猫人に話していた。
 全部を軽く話すつもりだったが騎士の話になってから私は熱く熱く語ってしまった。
 ここまで取り乱す自分を少し恥ずかしいと思いつつも何故か止められなかった。
 
 猫人はチビリチビリと酒を呑みつつ興味深く聞いてくれた。
 いろいろな会話を交わしてるのに結局騎士の話に私自身が戻してしまうのが私としても困った。
 猫人は目を細め笑みを浮かべてこう言った。
「ワシには恋愛についてのアドバイスをしてやる事はできん。それに、その騎士の元に行けと言えば行けない反論があり、諦めろと言えば諦められぬ反論があるのじゃろう?」
 ……。
 
「横恋慕しつつ引っ掻き回すのもええし、別の世界で新しい恋を見つけるのもええじゃろうて」
 猫人の耳がピコピコと動きながらそう答えた。
 なんとも言えない気持ちになり、その夜は猫人と一晩中話しこんだ。
 
 猫人はオアザンコヤマを飛び回り妖魔を退治しているそうだ。
 妖魔とは猫人も良くは分かっていないが人々からそう呼ばれている不思議な生き物で、人々やルゥミマユに害を成すとか。
 退治する協会もあり、この猫人は結構ベテランらしい。
 しかし寄る年波には勝てず猫人はそろそろ引退を考えているとか。
 最初聞いた時に妖魔退治はどれほどの稼ぎになるのだろうか? っと思った。
 猫人は、
「全く稼げんよ。最近は協会が出来た事もあり、ちょっとは楽になったがそれでも副業無しでは食っていけん」
 そんな仕事を良く続けて来たものだな。
「ほっほっほ。仕事とは自分が生を受け成さねばならぬ事であるが、それで食って行けるかどうかは別物だと思う。仕事で稼げぬ場合は仕事と生業は別物と考えてよかろう。ワシは妖魔退治は仕事じゃ。しかし生業では無かったわい」
 仕事か。考えた事なかったな。
 

 
 話をしているウチに、このオアザンコヤマは「狭間の世界」と呼ばれていると教えてもらった。
 また、私の住むカゥシ・ラバ・リレイは他の世界からは「登用の世界」と呼ばれているらしい。
 神(精霊)が人を登用するから登用の世界だとか。
 
 私は猫人から酒をもらうと一緒に呑んでみた。
 酒は初めてだった。
 正直、美味しいとは思えなかった。
 でも呑みたかったし酩酊していくとなんだか悩んでたのがどうでも良くなってきた。
 気が付けば爆笑していた。
 こんなに笑ったのは初めてだ。
 辛い事が多いほど笑えると言う事を聞いたことがある。
 きっとそれとは違うんだろうけど自分でも不思議なくらい大笑いした。
 

 
 私はカイマを猫人に譲り、コロトトと共にカゥシ・ラバ・リレイに戻った。
 これからどうするんですか? っというコロトトの質問に次の行動を告げた。
 コロトトは驚きつつも「やっぱり」と言う目で私をみた。
 
 さて。苦痛を楽しみますか。
 
戻る